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ニュース&ブログ

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2018.08.02

マクロビオティック


今日は玄米のことについて書いてみようと思います。 玄米は白米よりも少し硬いお米で食物繊維も豊富です。体の中の毒を出してくれるとある本にも書いてありました。私が30代のころたまに体調が良くない状態が月に一度は必ずあり、その頃一緒に働いていた人がマクロビオティックの事について教えてくれたのがきっかけで玄米を食べるようになりました。玄米は私の主人も好きで以前から知ってはいたのですがそれを継続的に食べる習慣はなくほとんど白米を食べていました。その同僚も同じくマクロビオティックの食生活をしていて、ある時、マクロビオティックについての本をプレゼントしてくれました。皆さんはどのくらいマクロビオティックについて知っていますか?まず、陰と陽で食物は別れます。そして玄米は中庸。食物は陰と陽のものを上手にバランスを摂って中庸の状態にし食すのがベストだそうです。また野菜などは皮などもすべて一物全体で食べるなどの考えがあります。

 

 

本当に不思議なのですが、玄米を食べ始めてしばらく経つとなんと体調が良くなっていくんです。また玄米を朝に食べるのがいいと言うので朝は玄米をしばらく食べていました。また自分が住んでいる場所の野菜を食べることもこのマクロビオティックの考えのひとつです。身土不二といいます。マクロビオティックの食事は野菜や海藻といった食材が中心になります。卵やお肉、魚などは食べません。日本の精進料理がそうです。お寺の住職さんもこの精進料理を食べます。

今は白米も玄米も両方食べています。以前はお肉は食べないようにしていましたが、貧血などもある理由で今はお肉を食べたり青魚などを食べるようにしています。貧血はおかげさまで改善されています。

この夏は本当に暑く厳しいです。体調は人によりそれぞれですがご飯をきちんと食べてこの夏を乗り越えたいですね。

ぽれぽれ

2018.07.24

花火


まだまだ暑い日が続いていますね。雨も全く降らず・・・熱中症対策にはしっかりとバランスの良い食事と水分補給ですね。

さて、花火大会の季節がまたやってきました。鎌倉の花火大会は毎年多くの人でにぎわっています。私も何度か見に行きました。大きな花火を間近で見るとやはり迫力があります。見ていて美しくまた楽しいです。

花火の思い出と言えば、高校生のころ二つ年上の人に片思いをしていたのですが彼と一緒に荒川の土手で花火をした思い出があります。待ち合わせ時間に1時間以上も遅れて彼は車で現れ、私は会いたかったのでずっと待っていました。現れたときは本当にうれしかったです。二人で土手へ歩いて行き花火を始めたのですが、なぜかそのとき線香花火しかなかったのです。25年以上も前の話なので、なぜ線香花火しかなかったのか覚えていません。でも、この小さな線香花火の火がとても美しく二人で消えそうで消えない花火の火を見つめて、花火をした思い出はまだ鮮明に記憶に残っています。「あ~消えちゃう」とか「まだ大丈夫かな~?」などと言いながら。結局、この恋は実らなかったけど彼はいい先輩でした。私が中学生の頃入っていた部活の先輩で笑顔が素敵でみんなにやさしい人でした。字もとても上手で生徒会長も務めていた人です。今はまったく連絡先も知らないので、たまにどうしてるかなぁ~と思いをはせるときもあります。元気でいてくれてることを祈ります。

ぽれぽれ

2018.07.19

ウグイス


夏も真っ盛りで毎日暑い日が続いています。

夏になると夜明けの時間も早まります。朝の4時過ぎごろには鶯の鳴き声が聞こえます。早起きというか朝が苦手な私にはうらやましい限りです。でも、鶯のさえずりはとても気持ちがいいので聞いていてもうるさいなぁという気持ちにはなりません。またフクロウも夜になると聞こえる時期がありますが、フクロウの鳴き声もまた癒しがあります。

鶯はてっきり緑色なのかと思いきや、結構地味な色でよく言われる「ウグイス色」ではなく、羽毛は背中はオリーブ色のような渋い濃いめのグリーン、お腹の白と、オスとメスも同様の色をしているそうです。また鳴き方は「ホーホケキョ」と鳴いていますが、これはオスが子育てをしているメスのウグイスに対して鳴いているそうです。初夏に繁殖期を迎え、この繁殖期にだけ聞くことができるのが「ホーホケキョ」だそう。この「ホーホケキョ」というさえずりは多い時には1日に1000回以上鳴くことがあるそうです。

こんなに暑いのになぜ朝から元気に鳴いているのかと思って調べたらオスが自分たちの縄張りに問題がないこと、巣が安全であることをヒナの世話をしているメスに伝えているからだそうです。暑さは鳥たちにはあまり関係ないようですね。

ぽれぽれ

2018.07.18

MMM (Arriving in Yokohama)


Our family has two distinctive and important memories related to Yokohama Harbor. The first is from July 16, 1964, which is the date that we first set foot on Japanese soil. As we sailed into the harbor after 15 days on the P & O Orient’s Oronsay passenger ship we were somewhat apprehensive, but excited, about this adventure.

We had heard stories about what to expect, such as smelly toilets, but weren’t completely ready for the open hole we found at the temporary custom’s area where we had a four hour wait for the baggage that we had brought with us. It was a hot and humid day, which aggravated the odors of the toilet and harbor. Thank goodness Don’s brother, David, his landlord and son and two of David’s students were there to greet us diminishing my desire to get back on the ship and go home. Their welcome made us somewhat comfortable about the fact that we had arrived with nearly no knowledge of Japan and her people and a limited amount of cash.

 

 

Two years later on August 20, 1966 we were back at the Yokohama Harbor with a better understanding of this country and enough cash to prepay for a journey between Yokohama and West Berlin. It was another hot and humid day, but there was a new custom’s building with better toilet facilities and we had either become accustomed to the smells of the harbor or they were less invasive.

 

 

Standing on the deck of the Soviet Union passenger ship named Khabarovsk, with our 4 year old and 6 year old children, we heard cries of “teacher, teacher” from nearly 100 well-wishers who had come to see us off. Friends and neighbors had brought gifts of norimaki, green tea, toys for the children, paper necklaces and more. Even the president of Yoyogi Seminar had come with gifts and good wishes. We held tight to the ticker tape streamers that we had been bombarded with until they broke as the ship sailed out of the harbor. We were off for a new adventure leaving behind good friends and memories which made us certain that we would return some day.

 

AAH